読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

京野 誠 「ひとつえらぶとしたら」

海と空が交わることはあるのだろうか

習慣と多数決の原理

求めていた机がようやく完成した。1,980円の3段本棚(自分で組み立てた)を2つ用意し、その上に天板を乗せただけの簡易的なものだ。しかしこれで十分。

横に長いカウンターのようになっており、デスクトップパソコン、拡張ディスプレイ、半田ごてなどを並べてニヤニヤしている。

しかし本棚には本を詰め込んだがまだ格納しきれていない本が溢れかえっている。特に積読が多いのは反省すべき点かもしれない。日経XX系の雑誌も捨てられずにいる。紙媒体は厄介だ。早く読んで手放してしまいたい。

 

さて、まだ途中ではあるが、部屋が片付くと精神衛生的にもとても良い気がしている。

部屋がすっきりすると、自分の身体もすっきりさせてくなってくる。そういうすっきりの相乗効果が生まれるようである。色々な無駄なものを排除したくなる。

「良い状態を保つ」ということについて、とても身軽に取り組むことができる。とても良い状態だ。

駄目な方向に転がっていっている負の相乗効果を感じたことがない方は少ないと思うが、その逆である。ものを動かすには初動エネルギーが最も大きいが、一度動き始めてしまえば大した仕事ではなくなるものだ。

初めの摩擦に打ち勝つまで続けることができるかどうかが鍵となる。

 

だから、一度の夜更かしはとても大きな罪なのだ。

一度狂ったリズムを取り戻すのは大変だからである。

僕は昔から朝型人間になりたいと願っているが、早寝早起きの生活が長く続いた試しがない。向いていないのかもしれない。

いっそ開き直って徹底的に夜型になってみたり、かなりのショートスリーパーだったこともあるけど、最近気づいた。

 

朝型人間は得をする。

 

僕自身、完全に納得はしていないが、世の中朝型の方が得なのだ。

たとえば、朝ドタバタしていても怒られないが、夜に騒ぐと苦情が出る。

要は多数決の原理で、明るい時に活動する人が多いというだけなのだろうが、少なくとも人との軋轢を生じさせるリスクを回避することにつながるというだけでも、僕は朝型に切り替える理由になると考える。

22-23時にうるさくしていると苦情も言いたくなるかもしれないが、これが朝の4-5時だったらどうだろう。そもそも深い眠りについていて気づかないかもしれないし、「朝活」の括りに入るのではないだろうか。両時間帯における周囲の静かさは同程度だと思うが、同じ音を立てたとき、早朝から活動していることについてのお咎めは少ないと分析する。夜の続きが朝なのに不思議なものだが、これが多数決の原理、つまり「常識」というルールで作られた世界の価値観である。

同様に、出社時間について、僕の勤める会社はフレックスタイムを採用しているので、出社時間はみんなバラバラなのだが、遅刻していないのにギリギリに来る人は「なんだかすみません」という感じになる。逆に、朝早く会社に来ている人はなんとなく偉い感じがする。

夜遅くまで仕事をすることについて、特に褒められない(早く帰る人には見えない)が、出社が遅いと気がひける。「昨日遅くまで残っていたから」という免罪符は威力が弱い。

だったら、早く来て早く帰るが吉。なるべく明るい間に活動する。

これは大いなるリスクヘッジにつながると最近は感じている。