京野 誠 「ひとつえらぶとしたら」

海と空が交わることはあるのだろうか

勝ち続けるということ

プロゲーマー梅原さんの記事を読んだ。

toyokeizai.net

勝ち続けるって大変なことだと思う。

 

大人になって思うのは、小さいときに「遺伝子レベルで飲み込みが早い」すなわち地頭の良さだったり才能というものはそのうち後天的継続に負けるということだ。

 

たとえば30歳であれば、20歳から始めたものでも「10年選手」だ。

これって、子どものときに勝っていたことでも敵わなくなる可能性が十分にあるということだと思う。

スポーツでも勉強でも芸術でも、ずっと先天的な「センス」が大事だと思っていたけれど、いつしか後天的な「継続」というのも能力のひとつだと考えるようになった。

スタートラインである切片の値や、傾きは小さくても線形に伸ばしていけるスキルは重要だと思う。

 

梅原さんは「今このときだけ勝てればいいというやり方でやっていると、行き止まりになってしまう」と言う。

自分の価値を乗っける地盤作りは一見遠回りのようで必要な作業なのだと思う。

 

勝ち続けられるかどうかの条件をひと言で言えば、モチベーションを、外から与えられた条件でしか保てないのか、それとも自分の中のモチベーションで保てるかということの違いだと思います。

 

今日、たまたまBSの番組で世界のスタートアップ企業の取材したドキュメンタリーを見たが、不思議だったのは彼らのモチベーションがどこから来るのかということだった。

人から褒められる、世間から認められるというモチベーション以外に自分を突き動かすものがないと辛くなるのだろうと想像する。

同番組の中で商談がうまくいったベンチャー企業の代表が「信じて進めば必ず報われる」というようなことを言っていたが、実は私はこうした言葉を聞くたびに違和感を覚えていた。何かこう言わないといけない決まりでもあるのかなというほど道徳的でありふれた言い回しだと。

アスリートの方々が会見でよく言う「チーム全員の気持ちがひとつになって」というのもそうだ。うまくいったのは練習の賜物ではないのか。

彼らにとって、技術を磨く努力は息を吸うようにやっていることだからわざわざ触れないのか、格好悪いから伏せるのか。

 

そんなとき「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ。」というダルビッシュ有のつぶやきに出会いしっくりきた。

 

勝ち続ける人ってセンスがある上で正しい努力を継続してきた人なのだと思う。

それが「気持ち」とか「仲間との一体感」とか精神論ばかり言われるとまるで誰でもそこにいけそうな気がしてしまうがもちろんそんなことはない。

hisato-net.com

 

さいごに、梅原さんの記事で印象に残ったのは、自分の頭で考えているという点だ。

成功していたとしても本当にこのやり方で良いのかと考えている点が素晴らしい。

プロは、ある一定の数をこなした後、アプローチを変えなければならない時がきます。(略)

僕がいちばん意識しているのが、「本当にこれでいいのか」「なんでこれが有効なのか」と考えることです。たとえ上手くいっていてもそれについて考えることを止めない。もちろん、時間をかければわかるもの、っていうのもあるんですよ。数をこなす、時間を費やすだけの意味がある課題を発見できたら、そこから時間をかけて「実験」すれば答えが見つかる。

でも、何を実験したいのか、というのは、結局自分で発見するしかない。「自分で発見する」ことにいちばん意識を向けないといけないです。 

 

僕は、仕事における問題判別でどんな切り分けの「実験」をするかでその人の論理的思考能力を図ることができると考えている。がむしゃらにやってもだめ。それを試すことで何が言えるのかがはっきりしていない実験は無意味だ。

 

梅原さんは「1日1個発見する」ことを提言されているが、これを毎日は難しいかもしれませんが、2016年、僕もブログの中で意識していけたらと思うし、先日買ったノートに記していこうと今決めた。

 

記事全体を通して梅原さんは「プロ」だと思った。結果を出していないと焦るかも知れないけれどそれは「溜め」だとしつつ、自分の基礎を使って小さなヒットは飛ばす。7:3で3を「溜め」に使うという考え方が興味深い。